表現行列とは、ベクトル空間間の線形写像を行列の形で表現したものです。より厳密に言えば、ベクトル空間V, V'のそれぞれの基底を用いて線形写像f: V→V'を表現する行列のことを指します。
線形写像fに対して、Vの基底を{v₁, v₂, ..., vₙ}、V'の基底を{v'₁, v'₂, ..., v'ₘ}とすると、各基底ベクトルvⱼに対する写像f(vⱼ)は、V'の基底の線形結合として次のように表すことができます。
f(vⱼ) = a₁ⱼv'₁ + a₂ⱼv'₂ + ... + aₘⱼv'ₘ
このとき、これらの係数aᵢⱼを並べた行列Aを、線形写像fの表現行列と呼びます。
表現行列の最も重要な性質は、線形写像の合成が表現行列の積に対応することです。つまり、二つの線形写像f, gの合成g∘fの表現行列は、fとgの表現行列の積になります。
表現行列を求める具体的な手順は以下の通りです。
例えば、線形写像f: ℝ³→ℝ²が以下のように定義されているとします。
f(x₁, x₂, x₃) = (x₁ + 2x₂ - x₃, 2x₁ - x₂ + x₃)
ℝ³の基底を{(1,0,0), (0,1,0), (0,0,1)}、ℝ²の基底を{(1,0), (0,1)}とすると、表現行列は次のように計算できます。
f(1,0,0) = (1,2) = 1・(1,0) + 2・(0,1)
f(0,1,0) = (2,-1) = 2・(1,0) - 1・(0,1)
f(0,0,1) = (-1,1) = -1・(1,0) + 1・(0,1)
よって表現行列は。
となります。
表現行列は基底の選び方によって異なる形になります。異なる基底を選んだ場合、同じ線形写像でも表現行列は変わります。
例えば、ベクトル空間Vの基底を{v₁, v₂, ..., vₙ}から{w₁, w₂, ..., wₙ}に変更する場合、基底変換行列Pを用いて新しい表現行列B = P⁻¹APと計算できます(Aは元の表現行列)。
この性質は対角化と密接に関連しています。適切な基底を選ぶことで、線形写像の表現行列を対角行列にできる場合があります。これは固有値・固有ベクトルを用いた対角化の基礎となる考え方です。
基底変換行列自体も、恒等写像の異なる基底に関する表現行列と見ることができます。これは線形代数における重要な視点です。
表現行列は理論的な概念だけでなく、様々な応用があります。
例えば、平面上の点(x, y)を原点を中心に角度θだけ回転させる線形変換は、標準基底に関して次の表現行列で表されます。
表現行列のランク(階数)は、線形写像の重要な性質を反映しています。表現行列のランクは基底の選び方によらず一定であり、線形写像の像の次元を表します。
表現行列Aのランクが最大(列数に等しい)であれば、対応する線形写像は単射です。また、ランクが行数に等しければ、線形写像は全射です。ランクが列数と行数の両方に等しい場合、線形写像は全単射となり、逆写像が存在します。
例えば、n次元空間からm次元空間への線形写像fの表現行列Aのランクがrの場合。
これらの性質は線形写像の基本定理(ランク・零空間定理)として知られています。
表現行列の概念は、多項式からなるベクトル空間にも適用できます。これは線形代数の応用として特に重要です。
例えば、n次以下の多項式全体のなすベクトル空間P_nにおいて、微分演算子D: P_n → P_{n-1}を考えます。この線形写像Dは、多項式p(x)をその導関数p'(x)に対応させます。
P_nの基底として{1, x, x², ..., xⁿ}を、P_{n-1}の基底として{1, x, x², ..., x^{n-1}}を選ぶと、Dの表現行列は次のようになります。
この表現行列を用いることで、多項式の微分を行列演算として扱うことができます。
また、多項式の積分や、多項式に特定の値を代入する操作なども、適切な表現行列を用いて表現できます。これらの応用は、数値解析や近似理論において重要な役割を果たしています。
多項式空間における表現行列の研究は、関数空間における線形演算子の理解にもつながる重要な橋渡しとなっています。
表現行列の概念を理解することで、抽象的な線形写像を具体的な行列計算に落とし込むことができます。これにより、線形代数の理論を実際の問題解決に応用する道が開かれるのです。