対角化とは行列の固有値と固有ベクトルを使った計算方法

対角化は線形代数学における重要な概念で、複雑な行列計算を簡略化できる手法です。本記事では対角化の意味から具体的な計算例、応用まで詳しく解説します。あなたも対角化の魅力に触れてみませんか?

対角化とは行列の計算を簡単にする方法

対角化の基本概念
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定義

正方行列Aを相似変換によって対角行列Dに変形する操作

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必要条件

行列Aが対角化可能であるためには、n個の線形独立な固有ベクトルが必要

メリット

行列のn乗計算が容易になり、複雑な計算を簡略化できる

対角化の意味と基本的な定義

対角化とは、線形代数学において非常に重要な概念です。n次正方行列Aに対して、適切な正則行列Pを見つけることで、P^(-1)APという計算によって対角行列Dに変形する操作を指します。

 

対角行列とは、対角成分(左上から右下に並ぶ成分)以外がすべて0である行列のことです。例えば、次のような形です。

 

D =

[ λ₁ 0 0 ... 0 ]
[ 0 λ₂ 0 ... 0 ]
[ 0 0 λ₃ ... 0 ]
[ ... ... ]
[ 0 0 0 ... λₙ ]

この対角化という操作は、複雑な行列の性質を単純化し、様々な計算を容易にするために行われます。特に、行列の累乗計算や、線形変換の理解において非常に役立ちます。

 

対角化可能であるための必要十分条件は、「行列Aがn個の線形独立な固有ベクトルを持つこと」です。これは言い換えると、Aの固有ベクトルで基底が構成できるということを意味します。

 

対角化の計算方法と具体的な例題

対角化の具体的な計算手順は以下の通りです。

  1. 行列Aの固有値を求める(特性方程式 det(A-λI)=0 を解く)
  2. 各固有値に対応する固有ベクトルを求める
  3. 固有ベクトルを並べて行列Pを作る
  4. P^(-1)APを計算して対角行列Dを得る

具体例として、次の2×2行列を対角化してみましょう。

A =

[ 4 2 ]
[ 1 3 ]

Step 1: 固有値を求める
特性方程式は det(A-λI) = 0 より。
(4-λ)(3-λ) - 2・1 = 0
(4-λ)(3-λ) - 2 = 0
12 - 3λ - 4λ + λ² - 2 = 0
λ² - 7λ + 10 = 0
(λ-5)(λ-2) = 0
よって、固有値は λ₁ = 5, λ₂ = 2 です。

 

Step 2: 固有ベクトルを求める
λ₁ = 5 に対する固有ベクトル。
(A-5I)v = 0 を解くと、v₁ = (2, 1)^T
λ₂ = 2 に対する固有ベクトル。
(A-2I)v = 0 を解くと、v₂ = (-1, 1)^T
Step 3: 行列Pを作る

P =

[ 2 -1 ]
[ 1 1 ]

Step 4: 対角化を確認する
P^(-1)AP を計算すると。

D =

[ 5 0 ]
[ 0 2 ]

このように、対角成分に固有値が並んだ対角行列が得られました。

 

対角化の条件と対角化できない場合

すべての正方行列が対角化できるわけではありません。対角化可能であるための条件をいくつか見ていきましょう。

  1. 異なる固有値を持つ場合:行列Aがn個の異なる固有値を持つ場合、必ず対角化可能です。これは、異なる固有値に対応する固有ベクトルは必ず線形独立であるという性質によります。

     

  2. 重複固有値がある場合:固有値に重複がある場合、その固有値に対応する固有空間の次元(幾何的重複度)が代数的重複度(特性多項式での重複度)と等しければ対角化可能です。

     

  3. 最小多項式による判定:行列Aの最小多項式が重解を持たない場合、Aは対角化可能です。

     

対角化できない例として、次のようなヨルダン細胞の形をした行列があります。

J =

[ λ 1 ]
[ 0 λ ]

このような行列は、固有値λの幾何的重複度が1で、代数的重複度が2であるため、対角化できません。対角化できない行列に対しては、ヨルダン標準形という別の標準形を考えることになります。

 

対角化を使った行列のn乗計算

対角化の最も実用的な応用の一つが、行列のn乗計算です。行列Aが対角化可能で、P^(-1)AP = Dと表せるとき、Aのn乗は次のように計算できます。
A^n = (PDP^(-1))^n = PD^nP^(-1)
ここで、Dは対角行列なので、そのn乗は各対角成分をn乗するだけで求まります。

D^n =

[ λ₁^n 0 0 ... 0 ]
[ 0 λ₂^n 0 ... 0 ]
[ 0 0 λ₃^n ... 0 ]
[ ... ... ]
[ 0 0 0 ... λₙ^n ]

これにより、複雑な行列のn乗計算が非常に簡単になります。

 

例えば、先ほど対角化した行列Aのn乗は。
A^n = PD^nP^(-1) = P・diag(5^n, 2^n)・P^(-1)
と計算できます。これは、通常の行列の累乗計算に比べて圧倒的に効率的です。

 

対角化の応用と量子力学への展開

対角化は純粋な数学の範囲を超えて、物理学や工学など様々な分野で応用されています。特に量子力学では、観測量を表すエルミート演算子の対角化が重要な役割を果たします。

 

量子力学において、観測量(エネルギーや角運動量など)は行列として表現され、その固有値が観測可能な値に対応します。例えば、水素原子のハミルトニアン(エネルギー演算子)を対角化することで、水素原子のエネルギー準位を求めることができます。

 

また、振動解析や主成分分析など、データ科学の分野でも対角化は重要なツールとなっています。例えば、共分散行列を対角化することで、データの主成分(最も分散の大きい方向)を見つけることができます。

 

さらに、グラフ理論では、隣接行列の対角化によってグラフの特性を調べることができます。固有値の分布からグラフの連結性や、ランダムウォークの性質などを解析できるのです。

 

対角化の理解は、単なる行列計算の技法を超えて、様々な自然現象や数理モデルの本質を捉えるための鍵となっています。

 

量子力学における対角化の応用についての詳細はこちらの論文が参考になります

対角化と対称行列の特別な関係

対称行列(A^T = A)は対角化において特別な性質を持っています。実対称行列は常に対角化可能であり、さらに直交行列によって対角化できるという重要な性質があります。

 

対称行列Aに対して、P^(-1)AP = D となる行列Pは直交行列(P^T = P^(-1))となります。これは、対称行列の固有ベクトルが互いに直交するという性質に由来しています。

 

この性質により、対称行列の対角化は特に簡単になります。なぜなら、P^(-1) = P^T なので、D = P^T・A・P という計算だけで対角化が完了するからです。

 

対称行列の対角化は、振動解析や主成分分析、量子力学など多くの応用分野で利用されています。例えば、質点系の運動方程式を解く際に、質量行列と剛性行列を同時対角化することで、連成振動を独立な振動モードに分解できます。

 

また、画像処理や機械学習の分野でも、対称行列の対角化は次元削減や特徴抽出のための重要なツールとなっています。

 

実対称行列の固有値はすべて実数であり、その固有ベクトルは実ベクトル空間の正規直交基底を形成できるという性質も、応用上非常に便利です。

 

対称行列の対角化と振動解析への応用についての詳細はこちらの論文が参考になります
対角化は線形代数学の中でも特に重要な概念であり、その理解は様々な数学的手法や応用分野への扉を開きます。行列の対角化を通じて、複雑な問題を単純化し、本質を見抜く力を養いましょう。