部分空間とは、ベクトル空間の部分集合であり、ベクトル空間としての性質を保持するものです。具体的には、ベクトル空間V上の部分集合Wが以下の3つの条件を満たすとき、Wはベクトル空間Vの部分空間であると定義されます。
これらの条件は、部分空間がベクトルの線形結合に対して閉じていることを意味します。つまり、部分空間内の任意のベクトルの線形結合もまた、その部分空間に含まれるということです。
部分空間の例としては、R³における平面や直線が挙げられます。例えば、原点を通る平面は3次元空間R³の部分空間となります。一方、原点を通らない平面は零ベクトルを含まないため、部分空間ではありません。
部分空間かどうかを判定するには、先に述べた3つの条件を順に確認していきます。実際の例を通して判定方法を見ていきましょう。
例1: R³の部分集合 W₁ = {(x, y, z) ∈ R³ | x + y + z = 0} がR³の部分空間であるか判定する。
したがって、W₁はR³の部分空間です。
例2: R³の部分集合 W₂ = {(x, y, z) ∈ R³ | x + y + z = 1} がR³の部分空間であるか判定する。
したがって、W₂はR³の部分空間ではありません。この例からわかるように、非同次方程式で定義された集合は通常、部分空間にはなりません。
部分空間の判定において、いくつかの注意点と落とし穴があります。
注意点1: 零ベクトルの存在確認を忘れない
多くの学生が陥りがちな誤りは、零ベクトルの存在確認を省略してしまうことです。加法とスカラー倍の条件は満たしているのに、零ベクトルを含まないために部分空間でない例は少なくありません。例えば、{(x, y, z) ∈ R³ | x + y + z = 1}や{(x, y) ∈ R² | x² + y² = 1}などがこれに該当します。
注意点2: 非線形条件に注意
二次以上の式や不等式で定義された集合は、通常部分空間にはなりません。例えば、{(x, y) ∈ R² | x² + y² ≤ 1}(単位円盤)は加法に関して閉じていないため部分空間ではありません。
注意点3: 同次方程式と非同次方程式の区別
同次方程式(右辺が0)で定義された集合は部分空間になる可能性がありますが、非同次方程式(右辺が0でない)で定義された集合は零ベクトルを含まないため、部分空間にはなりません。
部分空間は線形結合と密接に関連しています。実際、任意のベクトル集合の線形結合全体は部分空間を形成します。
ベクトル空間V内のベクトル集合{v₁, v₂, ..., vₙ}の線形結合全体の集合。
W = {a₁v₁ + a₂v₂ + ... + aₙvₙ | a₁, a₂, ..., aₙ ∈ R}
このWは常にVの部分空間となります。これは以下のように確認できます。
このように、ベクトル集合の線形結合全体は常に部分空間を形成します。この部分空間は、元のベクトル集合によって「生成される部分空間」または「張られる部分空間」と呼ばれます。
部分空間の概念は純粋な数学的興味にとどまらず、様々な応用分野で重要な役割を果たしています。特に、機械学習における「部分空間法」は注目すべき応用例です。
部分空間法は、クラスごとに部分空間を構成する正規直交基底を学習データから求め、入力データを各クラスの部分空間に射影して識別する手法です。この方法の特徴として以下が挙げられます。
部分空間法の具体的な実装としては、CLAFIC法(Class-Feature Information Compression)が知られています。この方法では、各クラスの学習データから相関行列を計算し、その固有値分解によって部分空間の基底を求めます。
部分空間の次元をいくつにするかは重要なパラメータであり、固有値の累積値を用いて決定する方法が提案されています。各クラスの部分空間に共通なパラメータκ(忠実度:fidelity value)を導入し、これによって各クラスに属する学習データの射影長の期待値を一定に揃えることができます。
機械学習における部分空間法の詳細な解説
部分空間法は、顔認識や文字認識などのパターン認識タスクで効果的に用いられています。特に、データの分布が部分空間上に広がっているような場合に有効です。また、ノイズに対する頑健性も備えており、実世界の応用において重要な特性となっています。
部分空間の概念をより深く理解するために、いくつかの演習問題とその解答例を見ていきましょう。
問題1: R⁴の部分集合 W = {(x, y, z, w) ∈ R⁴ | x = y, z = w} がR⁴の部分空間であるか判定せよ。
解答:
和を取ると (x₁ + x₂, y₁ + y₂, z₁ + z₂, w₁ + w₂) について、
x₁ + x₂ = y₁ + y₂ (両辺が等しいものを足したので等しい)
z₁ + z₂ = w₁ + w₂ (同様)
よって加法に関して閉じています。
kx = ky (両辺にkをかけても等しい)
kz = kw (同様)
よってスカラー倍に関して閉じています。
したがって、W はR⁴の部分空間です。
問題2: R⁴の部分集合 W = {(x, y, z, w) ∈ R⁴ | x + y + z + w² = 0} がR⁴の部分空間であるか判定せよ。
解答:
x₁ + y₁ + z₁ + w₁² = 0 および x₂ + y₂ + z₂ + w₂² = 0 です。
和を取ると (x₁ + x₂, y₁ + y₂, z₁ + z₂, w₁ + w₂) について、
(x₁ + x₂) + (y₁ + y₂) + (z₁ + z₂) + (w₁ + w₂)² を考える必要があります。
ここで (w₁ + w₂)² = w₁² + 2w₁w₂ + w₂² となり、
(x₁ + x₂) + (y₁ + y₂) + (z₁ + z₂) + (w₁² + 2w₁w₂ + w₂²) = (x₁ + y₁ + z₁ + w₁²) + (x₂ + y₂ + z₂ + w₂²) + 2w₁w₂ = 0 + 0 + 2w₁w₂ = 2w₁w₂
一般に w₁w₂ ≠ 0 なので、和は条件 x + y + z + w² = 0 を満たしません。
よって加法に関して閉じていません。
したがって、W はR⁴の部分空間ではありません。この例から、二次以上の項を含む条件式で定義された集合は、通常部分空間にはならないことがわかります。
これらの演習問題を通じて、部分空間の判定方法をより具体的に理解することができます。特に、線形条件(一次式)と非線形条件(二次以上の式)の違いが部分空間の性質に大きく影響することを認識することが重要です。