写像(mapping)は数学における最も基本的かつ重要な概念の一つです。集合論の観点から見ると、写像とは2つの集合間の対応関係を表すものと言えます。
具体的には、集合A(始集合または定義域)のそれぞれの要素に対して、集合B(終集合または値域)の要素を1つずつ定める規則のことを「AからBへの写像」と呼びます。これを記号では f: A→B と表記します。
写像の定義において重要なのは、始集合Aの「すべての要素」に対して、終集合Bの要素が「必ず1つだけ」対応していなければならないという点です。この条件が満たされない場合、それは写像とは呼べません。
例えば、実数全体の集合R上で定義される関数 f(x) = x² は、各実数xに対して一意に実数x²を対応させるため、写像の条件を満たしています。一方、「平方根」という操作は、正の実数に対して2つの値(正と負)を対応させるため、そのままでは写像とはなりません。
写像の概念は中学校で学ぶ「関数」と基本的に同じものですが、大学数学ではより抽象的・一般的な集合間の対応として扱われます。この抽象化によって、数学のさまざまな分野を統一的に理解することが可能になります。
写像f: A→Bが与えられたとき、「像」と「逆像」という重要な概念が登場します。これらは集合論的な視点から写像を理解する上で欠かせません。
像(image)とは、始集合Aの要素aに対して、写像fによって対応づけられる終集合Bの要素f(a)のことです。さらに、Aの部分集合Sに対する像f(S)とは、Sの各要素の像全体の集合であり、数式では以下のように表されます。
f(S) = {f(a) | a ∈ S}
特に、始集合A全体の像f(A)は写像fの「値域」と呼ばれ、終集合Bの部分集合となります。
一方、逆像(inverse image)とは、終集合Bの要素bに対して、写像fによってbに移される始集合Aの要素全体の集合です。これを記号ではf⁻¹(b)と表し、以下のように定義されます。
f⁻¹(b) = {a ∈ A | f(a) = b}
また、Bの部分集合Tに対する逆像f⁻¹(T)は、以下のように定義されます。
f⁻¹(T) = {a ∈ A | f(a) ∈ T}
例えば、f(x) = x²(xは実数)という写像において、集合{4}の逆像は{-2, 2}となります。また、区間の逆像は[-2,2]となります。
像と逆像の概念は、集合の包含関係や写像の性質を調べる際に非常に役立ちます。特に、f(f⁻¹(T)) ⊆ TやS ⊆ f⁻¹(f(S))といった重要な性質があります。
写像f: A→Bには、その性質によっていくつかの重要な分類があります。特に重要なのが「単射」「全射」「全単射」の3つの概念です。
単射(injection)とは、始集合Aの異なる要素が終集合Bの異なる要素に対応する写像のことです。数式で表すと、a₁, a₂ ∈ Aについて、a₁ ≠ a₂ ならば f(a₁) ≠ f(a₂) となる性質です。別の言い方をすると、f(a₁) = f(a₂) ならば a₁ = a₂ となります。単射は「一対一写像」とも呼ばれます。
単射の具体例としては、f(x) = 2x(xは実数)があります。異なる実数xに対して、2xの値も必ず異なるため、これは単射です。
全射(surjection)とは、終集合Bのすべての要素が、始集合Aの少なくとも1つの要素の像となっている写像のことです。数式で表すと、任意のb ∈ Bに対して、f(a) = bとなるa ∈ Aが存在することを意味します。全射は「上への写像」とも呼ばれます。
全射の例としては、f(x) = sin(x)(xは実数、値域は[-1,1])があります。[-1,1]の任意の値yに対して、sin(x) = yとなるxが存在するため、これは全射です。
全単射(bijection)とは、単射かつ全射である写像のことです。全単射では、始集合Aと終集合Bの要素が1対1に対応します。全単射は「一対一対応」とも呼ばれ、逆写像が存在するための必要十分条件です。
全単射の例としては、f(x) = e^x(xは実数、値域は正の実数全体)があります。異なるxに対してe^xの値は異なり(単射)、任意の正の実数yに対してe^x = yとなるxが存在する(全射)ため、これは全単射です。
これらの概念は、集合の濃度(要素の数)の比較や、写像の可逆性を調べる際に重要な役割を果たします。
写像の理論において、「合成」「恒等写像」「逆写像」は基本的かつ重要な概念です。これらは写像の操作や性質を理解する上で欠かせません。
写像の合成(composition)とは、2つの写像f: A→BとgB→Cが与えられたとき、これらを順番に適用して得られる写像g∘f: A→Cのことです。具体的には、(g∘f)(a) = g(f(a))と定義されます。
例えば、f(x) = x²とg(x) = x+1という2つの写像があるとき、その合成(g∘f)(x) = g(f(x)) = g(x²) = x²+1となります。一方、(f∘g)(x) = f(g(x)) = f(x+1) = (x+1)²となり、一般に合成の順序を入れ替えると異なる結果になることに注意が必要です。
恒等写像(identity mapping)とは、集合Aの各要素をそのまま対応させる写像id_A: A→Aのことです。つまり、任意のa ∈ Aに対して、id_A(a) = aとなります。
恒等写像は、写像の合成において単位元の役割を果たします。つまり、任意の写像f: A→Bに対して、f∘id_A = fおよびid_B∘f = fが成り立ちます。
逆写像(inverse mapping)とは、写像f: A→Bに対して、その効果を「打ち消す」写像f⁻¹: B→Aのことです。正確には、f⁻¹∘f = id_Aかつf∘f⁻¹ = id_Bを満たす写像f⁻¹のことを指します。
重要な性質として、写像fが逆写像を持つための必要十分条件は、fが全単射であることです。全単射でない写像には逆写像は存在しません。
例えば、f(x) = 3x+2という写像の逆写像は、f⁻¹(y) = (y-2)/3となります。実際、f⁻¹(f(x)) = f⁻¹(3x+2) = ((3x+2)-2)/3 = 3x/3 = xとなり、また、f(f⁻¹(y)) = f((y-2)/3) = 3((y-2)/3)+2 = (y-2)+2 = yとなるため、これは確かにfの逆写像です。
写像の合成、恒等写像、逆写像の概念は、群論や線形代数など、より高度な数学分野の基礎となります。
写像の概念は線形代数において特に重要な役割を果たします。線形代数では、「線形写像」という特別な種類の写像が中心的な概念となります。
線形写像(linear mapping)とは、ベクトル空間間の写像で、加法と定数倍の演算を保存するものです。具体的には、写像T: V→Wがすべてのu, v ∈ Vとすべてのスカラーcに対して、以下の2つの条件を満たすとき、Tは線形写像です。
線形写像の例としては、回転、拡大縮小、せん断、射影などの幾何学的変換や、行列による変換があります。実際、n次元空間からm次元空間への線形写像は、m×n行列によって表現することができます。
線形代数における重要な概念である「核(kernel)」と「像(image)」も、写像の理論と密接に関連しています。
これらの概念を用いて、「次元定理」という重要な定理が導かれます:有限次元ベクトル空間V上の線形写像Tに対して、dim(V) = dim(ker T) + dim(im T)が成り立ちます。
線形写像の応用例は多岐にわたります。
このように、写像の概念、特に線形写像は、純粋数学だけでなく応用数学や工学、物理学など多くの分野で重要な役割を果たしています。
写像に関する問題を解く際には、いくつかの基本的なアプローチとテクニックがあります。ここでは、よく出題される問題のタイプとその解法について説明します。
1. 写像の性質判定問題
与えられた写像が単射、全射、全単射かどうかを判定する問題は頻出です。
例題:f(x) = x³(xは実数)が単射であることを示せ。
解答:x, y ∈ Rについて、f(x) = f(y)とすると、x³ = y³となります。実数の性質より、x³ = y³ならばx = yです。したがって、f(x) = f(y)ならばx = yとなるので、fは単射です。
2. 合成写像の計算問題
2つ以上の写像が与えられたとき、その合成を求める問題です。
例題:f(x) = 2x+1, g(x) = x²-3のとき、(f∘g)(x)と(g∘f)(x)を求めよ。
解答。
(f∘g)(x) = f(g(x)) = f(x²-3) = 2(x²-3)+1 = 2x²-6+1 = 2x²-5
(g∘f)(x) = g(f(x)) = g(2x+1) = (2x+1)²-3 = 4x²+4x+1-3 = 4x²+4x-2
3. 逆写像の構成問題
全単射が与えられたとき、その逆写像を求める問題です。
例題:f(x) = (3x-2)/(x+1)(xは-1以外の実数)の逆写像を求めよ。
解答:y = f(x) = (3x-2)/(x+1)とおきます。これをxについて解きます。
y(x+1) = 3x-2
yx + y = 3x-2
yx - 3x = -2-y
x(y-3) = -2-y
x = (-2-y)/(y-3)(ただしy ≠ 3)
したがって、f⁻¹(y) = (-2-y)/(y-3)(y ≠ 3)となります。
4. 写像の像と逆像の計算問題
写像と集合が与えられたとき、その像や逆像を求める問題です。
例題:f(x) = x²(xは実数)のとき、区間の逆像f⁻¹()を求めよ。
解答:f⁻¹() = {x ∈ R | f(x) ∈} = {x ∈ R | 1 ≤ x² ≤ 4}
x²の値が1以上4以下となるxの範囲を考えると、-2 ≤ x ≤ -1または1 ≤ x ≤ 2となります。
したがって、f⁻¹() = [-2,-1]∪です。
これらのテクニックを身につけることで、写像に関する様々な問題に対応できるようになります。また、問題を解く際には、写像の定義や性質を正確に理解し、論理的に筋道を立てて解答することが重要です。