ウェーブレット変換は、フーリエ変換の限界を超える画期的な信号処理手法として、1980年代から急速に発展してきました。従来のフーリエ変換が信号の周波数成分を分析するのに対し、ウェーブレット変換は時間と周波数の両方の情報を同時に捉えることができる点が大きな特徴です。この特性により、非定常信号(時間とともに特性が変化する信号)の解析に特に有効とされています。
ウェーブレット変換の数学的定義は、以下の式で表されます。
Wf(a,b)=a1∫−∞∞f(t)ψ∗(at−b)dt
ここで、$f(t)$は解析対象の信号、$\psi(t)$はマザーウェーブレットと呼ばれる基本波形関数、$a$はスケールパラメータ(周波数に関連)、$b$はシフトパラメータ(時間に関連)、$\psi^*$は$\psi$の複素共役を表します。
マザーウェーブレットには様々な種類があり、代表的なものには以下のようなものがあります。
ウェーブレット変換を実際に応用する際には、計算効率が重要な課題となります。特に連続ウェーブレット変換(CWT)は計算量が多いため、高速アルゴリズムの開発が進められてきました。
高速連続ウェーブレット変換の主なアプローチには以下のようなものがあります。
時間領域でのコンボリューション(たたみ込み積分)ではなく、周波数領域でのコンボリューションを行うことで計算量を削減します。これは、フーリエ変換を利用して以下のように実装できます。
Wf(a,b)=F−1{F{f(t)}⋅F{ψa,b(t)}}
ここで、$\mathcal{F}$はフーリエ変換、$\mathcal{F}^{-1}$は逆フーリエ変換を表します。
PyWavelets
ライブラリが広く使われています。
import pywt
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
# サンプル信号の生成
t = np.linspace(0, 1, 1000)
signal = np.sin(2 * np.pi * 5 * t) + np.sin(2 * np.pi * 10 * t)
# 連続ウェーブレット変換の実行
scales = np.arange(1, 128)
coefficients, frequencies = pywt.cwt(signal, scales, 'morl')
# 結果の可視化
plt.figure(figsize=(10, 8))
plt.imshow(abs(coefficients), aspect='auto', cmap='jet')
plt.colorbar(label='Magnitude')
plt.ylabel('Scale')
plt.xlabel('Time')
plt.title('Continuous Wavelet Transform')
plt.show()
ウェーブレット変換は、複数の時系列信号間の関係性を解析する上でも強力なツールとなります。特に、位相差解析やクロスウェーブレット解析は、生体信号処理や地球科学などの分野で重要な応用があります。
位相差解析の基本的な考え方は以下の通りです。
この手法により、例えば脳波(EEG)信号間の機能的結合や、心拍と呼吸の相互作用などを定量的に評価することができます。
クロスウェーブレットスペクトル解析では、2つの信号のウェーブレット変換結果を掛け合わせることで、共通の周波数成分とその時間的変化を検出します。
Wxy(a,b)=Wx(a,b)⋅Wy∗(a,b)
ここで、$W_x(a,b)$ と $W_y(a,b)$ はそれぞれ信号 $x(t)$ と $y(t)$ のウェーブレット変換、$W_y^*$ は $W_y$ の複素共役です。
コヒーレンス解析では、クロスウェーブレットスペクトルを正規化することで、2つの信号間の類似度を0〜1の値で評価します。
Cxy(a,b)=∣Wx(a,b)∣2⋅∣Wy(a,b)∣2∣Wxy(a,b)∣2
これらの手法は、心拍変動解析、脳機能イメージング、睡眠段階の自動判定など、様々な生体信号処理に応用されています。例えば、異なる脳領域間の神経同期現象を検出したり、心臓と呼吸の相互作用を評価したりする研究に活用されています。
時系列分析におけるコヒーレンス・クロスウェーブレット解析・位相差の評価についての実践例はこちらが参考になります
ウェーブレット変換は、画像処理の分野でも広く応用されており、近年では機械学習と組み合わせることで、より高度な画像解析が可能になっています。
画像処理におけるウェーブレット変換の主な応用には以下のようなものがあります。
JPEG2000などの画像圧縮規格では、ウェーブレット変換が中核技術として採用されています。ウェーブレット変換により、画像の重要な特徴を保持しながら、データ量を大幅に削減することができます。
ウェーブレット閾値処理(Wavelet Thresholding)により、画像のノイズを効果的に除去しながら、エッジなどの重要な特徴を保存することができます。
ウェーブレット変換は、画像の多重解像度表現を提供し、様々なスケールでの特徴を抽出することができます。これは、テクスチャ解析や物体認識などのタスクに有用です。
異なるモダリティ(例:可視光画像とIR画像)の画像をウェーブレットドメインで融合することで、情報を効果的に統合できます。
機械学習との統合については、以下のようなアプローチが研究されています。
ウェーブレット変換で抽出した特徴を機械学習モデルの入力として使用することで、画像分類や物体検出の精度を向上させることができます。
ニューラルネットワークの活性化関数としてウェーブレット関数を使用することで、非線形関数の近似能力を高めることができます。
ウェーブレット変換をCNNの前処理として使用したり、CNNの構造にウェーブレットの概念を組み込んだりする研究が進められています。例えば、「Wavelet Integrated CNNs」は、マルチスケール特徴抽出の能力を向上させています。
ウェーブレット変換で時系列データを分解し、各成分に対して機械学習モデルを適用することで、予測精度を向上させる手法が開発されています。
これらの技術は、医療画像解析(MRIやCT画像の腫瘍検出など)、リモートセンシング(衛星画像の解析)、顔認識システム、自動運転のための視覚認識など、様々な分野で実用化されています。
ウェーブレット変換と機械学習の統合は、信号や画像の階層的な特徴を効果的に捉えることができるため、今後も発展が期待される研究分野です。
ウェーブレット変換の応用範囲は多岐にわたりますが、近年、筋肉の形態解析や運動科学の分野でも注目されています。これは従来あまり知られていなかった応用例ですが、非常に興味深い研究が進められています。